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一日一生 ~出会いと別れが教えてくれるもの~

2026.06.01

 

 

今回のブログを担当致します。岡と申します。

 

今回の写真は、大学進学のため県外へ旅立つ兄と、高校へ入学する妹が別れを惜しみながら抱き合う一枚です。

 

言葉はなくとも、その姿からは様々な想いが伝わってきます。

 

これまで当たり前のように過ごしてきた兄妹の時間。朝の「おはよう」、学校から帰ってきた時の何気ない会話、時には言い合いをしながらも同じ屋根の下で過ごした日々。それらは振り返ってみると決して当たり前ではなく、かけがえのない時間だったことに気付かされます。

 

人は人生の中で多くの出会いと別れを経験します。

 

入学、卒業、就職、転勤、結婚、子育て、そして人生の節目ごとに、新しい出会いがあり、同時に何かとの別れがあります。

 

しかし、その一つひとつは決して終わりではありません。

 

仏教の言葉に「一日一生(いちにちいっしょう)」という四字熟語があります。

 

今日という一日は、一生に一度しか訪れないかけがえのない一日であり、その一日を人生そのものと思って大切に生きるという意味です。

 

私たちはつい、「また今度会える」「いつでも話せる」と思ってしまいます。しかし本当は、今日という日は二度と戻ってきません。

 

家族で過ごす今日も、仲間と働く今日も、お客様と接する今日も、一生に一度の時間です。

 

だからこそ、目の前にいる人との時間を大切にしなければならないのだと思います。

 

また、「一水四見(いっすいしけん)」という言葉があります。

 

同じ一つの水であっても、人間には水として見え、魚には住処として見え、天人には宝石のように見え、餓鬼には膿や血のように見えるという教えです。

 

つまり、同じ出来事であっても、立場や経験によって見え方は全く異なるということです。

 

この写真を見ても、人によって感じることは違うでしょう。

 

「寂しい別れ」と感じる人もいれば、「新たな門出」と感じる人もいるかもしれません。

 

親の立場なら成長への喜びと寂しさを感じるでしょうし、兄妹の立場なら離れて暮らす不安や期待を感じるかもしれません。

 

しかし、どの見方も間違いではありません。

 

人生とはまさに、一水四見の連続なのだと思います。

 

仕事でも同じです。

 

困難な出来事を「問題」と見る人もいれば、「成長の機会」と見る人もいます。

 

変化を「不安」と捉える人もいれば、「挑戦」と捉える人もいます。

 

同じ出来事でも、見方によって人生の景色は大きく変わります。

 

だからこそ私たちは、自分の考えだけに固執せず、相手の立場や想いを想像することが大切なのではないでしょうか。

 

一つ、私が旅立つ息子へ送った言葉があります。

 

「人が自分のために使ってくれた時間は、その人の命であることを忘れるな。」

 

時間は誰にとっても平等ですが、決して増やすことはできません。

 

お金は失っても取り戻せますが、過ぎ去った時間は二度と戻りません。

 

だから、人が自分のために使ってくれた時間とは、その人が自分の人生の一部を分け与えてくれたということです。

 

親が子どものために費やした時間。

 

先生が生徒のために使った時間。

 

先輩が後輩を育てるために費やした時間。

 

仲間がお互いを支えるために使った時間。

 

そして、お客様が私たちを信頼してくださり、仕事を任せてくださる時間。

 

それらはすべて、その人の命の一部です。

 

だからこそ感謝を忘れてはいけません。

 

今回、兄と妹が抱き合う姿を見ながら、これまで共に過ごした時間の尊さを改めて感じました。

 

離れて暮らすことになっても、一緒に過ごした日々が消えることはありません。

 

むしろ、その積み重ねがあるからこそ、それぞれが新しい人生へ踏み出すことができるのです。

 

出会いは人生を豊かにし、別れはその価値を教えてくれます。

 

そして、一日一生の心で今日を大切に生き、一水四見の心で相手を理解し、人が与えてくれた時間という名の命に感謝しながら歩んでいきたいものです。

 

人生は勝ち負けだけで測れるものではありません。

 

誰かと比べて優れているかではなく、自分らしく充実した時間を重ねられているかが大切です。

 

勝者よりも、人生を楽しむ笑者であれ。

 

 

 

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